「できることがある」と気づけた喜び
支援者・利用者の垣根を超えたL1m-net(エルワンネット)

「L1m-netは、高齢者だけでなく、発達障がいのある人にも使えるんじゃないか」。見守り実証のきっかけをそう話すのは、富山県・砺波市で「Ponteとやま(みやの森カフェ)」を運営する理事の水野カオルさんと加藤愛理子さん。ここで「L1m-net」で見守り実証を始めて「思いがけない変化が生まれた」という現場の状況を利用者の皆さんを交えてお伺いしました。

ごちゃまぜの関係性のなかで
ともに学び合うコミュニティ

みやの森カフェは、一般社団法人Ponteとやまが運営。加藤さんが“終の住処”と決めて引っ越してきたことがきっかけでスタートしました。

「ここに決めたのは、自分自身に迫りくる親の介護を考えたとき、まずは在宅医療の診療所や富山型デイサービスも近くにあるから。当初は、介護するお母さんたちが休む場所として来てくれたらいいなと思っていました。蓋を開けてみると、私と水野のこれまでの経歴もあり、子育てに悩むお母さんや子どもたち、そして若者たちも集まってここで話していくようになって・・・。8年たって、赤ちゃんから高齢者まで(年齢層が幅広くて)、ごちゃまぜのカフェになっています」と加藤さんは笑顔で話してくれました。

 加藤さん、水野さんともに前職は教員。長年、教育現場に身をおき、それぞれ支援学校やフリースクールで教鞭をとってきました。水野さんは、大学の相談員の経験もあり、現在はスクールカウンセラー(公認心理師)としても活躍中で、子どもたちや若者たち、そして保護者の不安や悩みを受け止めています。お二人の活動は、カフェにやってくるお客さんのニーズに応えていく中で広がり、みやの森カフェは地域のコミュニティカフェとして広く認知されるようになりました。現在は、さまざまな機関や専門家とも連携しながら福祉と教育に尽力しています。

「一昨年度からは、不登校(傾向)の子や高校や大学を中退した人、就職活動に不安がある若者を対象に、フリースタイルスクールと称して、それぞれのペースで学べる場を作りました。そのほかにも、発達障がい(傾向)や不登校(傾向)にある子どもたちが、自分に自信をもったり、自分のペースで広く学べるように、学習サポートや運動教室、臨床美術、プログラミング教室、自然体験、お仕事体験と様々な体験ができる活動に取り組んでいます。立ち上げ当初通っていた子どもたちが成長し、社会に出て、今はサポートする側にまわっている人もいます」

生きづらさに悩む人の中には
見えにくい障害を抱える人もいる

 水野さんの近くには、終始朗らかに遊ぶ子どもたちや若者たちの姿が。「みんな元気でしょう。でも、発達障がいのある人たちは、長い目で見守ったり伴走したりする必要があります」と水野さんは話します。

 スケジュール管理や持ち物管理が苦手という発達障がい(自閉症スペクトラム、ADHD、学習障害、協調性発達性運動障害など)のある人は多く、外出時の持ち物チェック、服薬の確認などは、子どものうちは親が管理してくれる場合がほとんど。

「思春期ごろから、毎日親から口うるさく言われたくないという気持ちが芽生えるんですよね。かといって、1人で管理するのも難しい。メモをしたり、スマホを駆使したり、本人なりにいろいろ工夫はしているのですがそれでもうまくいかない人がとても多いのです。この『L1m-net』の見守りシステムを知って、これは使えるんじゃないじゃないかなと思ったんです。設定時間に音声メッセージが流れることでリマインドしてくれる。」

「L1m-net」は、「L1mボタン」(端末機器)を通じてサポートが必要な利用者と支援する管理者の双方向のコミュニケーションを支えるシステム。管理者があらかじめ設定した音声メッセージを流したり、利用者が専用カードを置いてボタンを押すだけで管理者に頼みごとや自分の状態を伝えることができます。

毎日の体調を知らせるカードを導入
声かけやリマインドで行動を促して

 Ponteとやまでは、「元気だよ」、「相談」、「おでかけ」の3枚のカードと、赤・青・黄色の色がついたカラーカードを使用しています。最初は「元気だよ」、「相談」、「おでかけ」の3枚のカードから実証を始め、定期的な評価レビューの中で「柔軟に意思を伝えられるようなカードを追加してみよう」ということになり、3種類のカラーカードを追加しました。カラーカードは、利用者が自分の体調を伝えるもので、それぞれの色の意味は、利用者本人に決めてもらい、毎朝起きたときに「L1mボタン」にカラーカードを置いて体調を伝えることで、自身の体調を意識するきっかけができるようになりました。

「不思議なんですが、カラーカードを置く前は毎日『元気!』と言っていた人が、『元気じゃない』カードを使うようになったり、逆に、いつも『体調悪い』と言っていた人が、カードを使うようになったら『元気』カードが増えたりしたんですよ」

 こう話す水野さんを受けて利用者の1人は、「朝は寝ぼけていたし、自分の体調を気にすることがなかった。カードを使うようになって、朝起きて自分が元気かどうか考えるようになった」と教えてくれました。利用者の中には、独り住まいだったり、親が働いていて1人で過ごす時間が長い人もいるので、「L1mボタン」から定期的に流れるメッセージで安心できたり、大きな助けになるという声も寄せられています。

「毎日服薬が必要だけど、薬の飲み忘れが激しくて体調が整わなかった利用者に、『◯◯さん、今日もお薬飲みましょうね』というメッセージを流したら、ちゃんと飲めるようになったという報告を受けました。病院の担当医にもお知らせしたみたいです。それを聞いて、ああ、良かったなと思いました」

 L1mボタンから流れる音声についても利用者一同、「聞き取りやすくてよく通る声」と好印象。さらに、「人と違って感情が入らない、無機質な音声だから素直に聞けるのかもしれない」という意見も。対人の場合、声のトーンやテンポで聞き取りづらいことや、言葉よりも相手の感情に敏感になって不安をあおられることもあります。その点、機械は常に一定なので、平穏でいられるというのも大きな利点でした。

病気と向き合うばかりの生活じゃない
「L1m-net」の管理で取り戻した感覚

 現在、水野さんの下で4名の利用者が「L1mボタン」を使っていますが、Ponteとやまで「L1m-net」を管理しているのが、塚田将也さんです。塚田さんは、強迫性障害という診断を受けて長い間外出できない状態が続いていましたが、2021年9月に母親とともにカフェを訪れたことが「L1m-net」の管理人につながったそう。

「大学を辞めてからずっと、半引きこもり状態でした。外に出たいとか、人と関わりたいという気持ちはあるんです。ただ、家から出て何かをするということがなかなかできない、そこに至るまでがものすごく大変で。だけど、『L1m-net』の管理は家にいても作業ができる。操作自体はシンプルで簡単だし、一度設定してしまえば、ほとんどやることはないので、軽い作業だけど毎日やるというのが、ほどよい負担感でちょうどいいんです。働いた経験がなく、緊張感といえば病気に関するものだけだったけど、そこからでも踏み出しやすかったし、人との関わりに入っていく第一歩としてすごくいいかなと思いました」

 塚田さんの話を聞いた水野さんは、「毎日塚田さんが、グループLINEで今日Aさんはカラーカードが黄色でした、Bさんは赤でした、と報告してくれるので、本人たちが来たときの表情と合わせて把握できるからとても助かっています」とにっこり。さらに、塚田さんに管理人をお願いした理由について「塚田さんが家から出なくてもできることってないかなと思ったときに、管理人をお願いしてみようか、と加藤さんと話し合って決めました」と明かすと、塚田さんは「水野さんの方から『やってみない?』と言われたことがよかった。自分でもできることがあるのかな、と意識できたことはすごく大きかった」とうれしそうに応えます。

見守り合うことでお互い元気に
ほどよい距離感が好循環をもたらす

 支援する人、支援される人、という視点ではなく、互いに、みんなで見守り合うツールとして「L1m-net」を利活用しているPonteとやま。さまざまな生きづらさを抱えている人たちと向き合い、活動してきたからこその両理事の視点を活かした「L1m-net」の活用は、見守られる側と見守る側を円でつなぎながら、双方を元気にするパワーがあったようです。

「『L1m-net』の管理をすることで、僕自身がすごく好転してきていると感じます。本当に些細なことですけど、誰かのためになる、役に立てているという感覚と、役割があるというほどよい緊張感を少し取り戻せたことはものすごく大きな変化。これまでは担当医やケースワーカーなど決まった人たち以外の関わりがなかった生活でしたが、『L1m-net』を介して、利用者の方たちの毎日の状況が伝わってくると、相手の様子を気にかけるようになるし、そこにつながりを感じられるんです。お互い見守りあっているような、ほどよい距離感でゆるくつながれるのがいいです」と塚田さん。

 また、独居の高齢者たちにも心を寄せる加藤さんは、「一人暮らしの高齢者たちにも『L1m-net』の見守りシステムを取り入れていけたら」と今後の展開に期待を込めます。加藤さんの話に塚田さんも「それぞれの理由から僕のように外に出たくても出られない、家から出られなくなってしまっている人たちが『L1m-net』を使って高齢者の見守りをするのがいいと思う」と大きく頷きます。

「L1m-net」を利用者としてだけでなく管理者として使った実体験が塚田さんの前進を後押ししている様子から、「L1m-net」見守りシステムが習慣化のサポート以上の役割を果たしていることが見て取れます。
Ponteとやまでは「L1m-net」のやり取りを通じて互いに気にかけあう中で、自分自身が元気になっていく好循環が築かれているようです。

【取材先】
一般社団法人 Ponteとやま(みやの森カフェ)
代表理事 水野 カオル(みずの かおる)さん
理事 加藤 愛理子(かとう えりこ)さん
塚田 将也(つかだ まさなり)さん
他、利用者の皆さん

2014年8月に富山県砺波市宮森に設立。赤ちゃんから高齢者まで幅広い年齢の人が集まる地域コミュニティカフェとして慕われ、不登校、発達障害、健常問わずあらゆる子どもたちが“ごちゃまぜ”で交流する居場所を提供。専門家や行政と連携しながら活動の場を広げている。パナソニック教育財団「こころを育む活動」全国大賞(2021)を受賞。

一般社団法人 Ponteとやま みやの森カフェ
https://ponte-toyama.com

【取材協力】
合同会社HUGKUMI
代表社員 長井 一浩(ながい かずひろ)さん
業務執行社員 小島 寛(こじま ひろし)さん

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