能動的な見守りができる「L1m-net」で
負担を減らしてつながる仕組みをつくる

ICTの利活用で福祉事業の充実を図る取り組みを行う富山県黒部市。2018年から「くろべネット」という地域の見守りネットワークを展開しています。地域住民と行政・専門機関、自治組織、民生委員児童委員や企業などが連携しながら支援体制を整える中で、「L1m-net(エルワンネット)」の見守りシステムを導入。日新システムズの開発に協力し、実証実験を経て導入に至るまでのお話を黒部市福祉協議会(以下、黒部市社協)の職員の皆さんにお伺いしました。

ゼロからの開発と実証実験
拒否から始まる大きな壁

「もともと、県や地域、企業などが絡んだ見守り制度や事業はありましたが、複数ありわかりにくいので一本化しようと2018年に『くろべネット』が始まりました。地区と民生委員だけじゃなく、そこに企業や専門職の人たちも含めて連携をしながら支援体制を整えることができたので、それはとてもよかったですね」

 そう経緯を教えてくれたのは、地域福祉課の浜松さん。現在、黒部市内16地区が「くろべネット」でつながっています。

「『L1m-net』のお話を伺ったのは、ちょうど『くろべネット』を立ち上げて半年くらいの頃でした。まだ、『L1mボタン』(端末機器)などもない状態でしたが、ICTを活用した見守りシステム・ツールということで、使いやすいかたちなどをみんなで考えるところからスタートしました」

 “黒電話より大きくないものがいい”、“ボタンは押しやすいかたちがいい”、など、黒部市社協の協力で、2019年に『L1mボタン』の第1号が完成。「くろべネット」の中から2つの地区を対象に実証実験をして有用性などを検証する予定でしたが、ここで大きな壁にぶつかります。

「実証実験をお願いする地区で説明会を開き、利便性などもお話ししたのですが、拒否されてしまったんです。後からものすごく反省したのですけど、こちらの都合で推し進めるかたちになってしまったことがよくなかった。『いらない、必要ない、やりたくない』という声が大きくなり、全員が『もうやりません』となってしまって」

 地区からすれば、なにもやってないわけじゃないというプライドもあったかもしれないし、できていない地区と言われたように感じたかもしれない、と、当時を振り返り、反省した面持ちの浜松さん。その後、地区のお祭りなども含め何度も足を運び地区のことを知ろうとする姿勢が伝わったこともあってか、地区の会長さん自らが住民の家を1軒ずつ回って説得してくださり、無事に協力を得ることができました。

「一番反対していた地区の皆さんが、今は一番協力的になってくれています。協力したくなかったわけではなくて、協力したいんだけどどうしたらいいかわからないから教えてほしい、という気持ちだったということもわかり、勉強させていただいた思いです」

ボタンを押すだけなのに
日常と意識が変わる

 便利だろうと必要だろうと、見知らぬものを見知らぬ人が勧めたところで受け入れ難いという住民の心情を痛感した職員の皆さん。現在、「L1mボタン」を持って説明に回る佐渡さんも「誰が勧めるかはかなり大きなポイント」と言います。

「顔を見たことない人だけで行くと追い返されますが、顔見知りの民生委員と一緒に行くと、『あなたの頼みなら』と話を聞いてくれます。実際に『L1mボタン』を使ったら『よかった』と言う声も多く、アンケートやヒヤリングでも『これなら私たちでも使えます』とか『音声も聞けていい』という感想をいただきます」

 最初は“毎日ボタン押すなんて面倒”と消極的だった人が、設置後は1日3回くらい「元気だよ」カードを置いて連絡をくれるようになり、日常の中で自分の状態を能動的に知らせる習慣がついてきたことで、見守られる側の意識も変わってくるようです。

「本人が必要性を感じなくても、支援者や親族が心配しているんです。特に、離れて暮らす家族にとって『L1m-net』の活用は、心強いものになっているように感じます」

支援者を助けるためのツール
コロナ禍が理解を得る機会に

 1年目は、見守りが必要な方の自宅などに「L1mボタン」を置いて実証実験を行いましたが、2年目の2020年に始まったコロナ禍では、厳しい現実に直面。見守り対象の方の自宅訪問ができなくなり、高齢者など要支援者と接触しにくい状況になったのです。そこで2年目は要支援者ではなく、支援者側の方に「L1mボタン」を設置。佐渡さんは、その理由を「必要性を理解してもらうため」と説明します。

「『L1m-net』は要支援者のためだけではなく、支援者を守る側面があります。ですから、2年目は地区会長から町内会長、民生委員、ケアマネージャーなど支援者側345人がモニターとなり、使用感や評価、利用者のイメージなどのご意見をいただきました。普及させるには、支援者たちが『L1mボタンが必要』と思えるレベルにまで達さないといけません。合格点をもらった後、支援者が選出した要支援者に使ってもらう実証実験を行い、2022年にようやく事業化、本格導入に辿り着けたので、2年目はとても重要な年でした」

 地域の見守りネットワークは、みんなで一緒に作り上げていくプロセスがとても大切です。ICTの利活用は“便利”、“助かる”、という理由だけで賛同は得られません。特に、「“ふれあい・支え合い・集い”が合言葉の福祉は、ICTというだけで対立軸に見なされてしまう」と「くろべネット」の立ち上げに関わった浜松さんは、見解を示します。

「機械なんか本当のつながりじゃない、とITやICTというだけで抵抗を示す人もいます。ただ、コロナ禍で『ふれあい・支え合い・集い』がこれまでのようにできなくなりました。

しかし、ICTなら遠隔で距離を取ってつながることができるんですよ」

誰もが迷わず操作できる
2アクションで相互確認

 「L1m-net」の実証実験中、利用者の意見を反映しながら、仕様や機能の改良を進めた「L1mボタン」は、よりシンプルに、より使いやすく、誰もが迷わず操作できるような“やさしいICT”を意識して製作。利用者はカードを置いて真ん中のボタンを押すだけの2アクションで通信できます。

「最初は、カードの種類も6枚くらい用意しましたが、たくさんあると迷われるので、利用者に渡すのは、『元気だよカード』と『相談カード』の2枚に絞った」と佐渡さん。「『元気だよカード』は一方通行ですが、『相談カード』は双方向なので通知を受けて電話します」

「独り暮らしだと、1週間誰とも話さないから、電話がかかってくると声を出す練習をしてから出るという方もいます。それくらい、話す相手がいない」と、浜松さんは、独居で孤立状態になる人たちを思いやります。

「『L1mボタン』の設置をきっかけに、実際にお宅へ伺って様子を知ることができたので、より実情がわかるようになりました。また、支援する側の意識も高くなったと思います。今回の実証実験は、職員全員で当たりましたし、高齢者の見守りについてもケースごとにどう対応したらいいか可視化しやすくなりました。画面を逐次確認し、連絡を取りながら何かあれば動く体制を崩さないなど、物理的な負担はありますが、それは、必要であり、大事な負担ですから。普段の確認を『L1mボタン』でやるようになったと考えれば対応に変わりはありません」

 利用者には、直接顔を見せられなくても「元気だよ」の意思表示を自分で発信してもらう機会をつくり、能動的な見守りを促します。困ったことがあれば、「相談カード」を置いてボタンを押せば、支援者がすぐに電話をかける流れにすることで、「助けてほしい」と声をあげにくい、「迷惑をかけたくない」と遠慮して連絡をしない。

誕生日メッセージに喜びの声
地域に特化した情報も流す

 職員は、「L1mシステム」(管理画面)から1日2回、午前9時と午後3時に時報を伝え、天気予報や気温、注意報、各地域の情報やお知らせなどを音声メッセージで流しています。時報など自動で流れるようすでに設定されているもの以外は、毎日メッセージを打ち込むので、作業に当たる畑さんは「うれしい反応もある」と話します。

「『L1mボタン』を設置している方が誕生日のときは、『◯◯さん、お誕生日おめでとうございます』と名前を入れるのですが、これが自分だけのメッセージだと感じて本当にうれしかったと言われます。名前を呼んでもらうことで特別感が出て、自分に話しかけてくれているという感覚になれる。機械の音声でもこれは全然違う、特別感があるって喜んでいただけます」

 開発当初は、「お誕生日おめでとうございます」という自動メッセージだけだったシステム。メッセージに名前を入力できるように改良したことで、利用者も『L1m-netボタン』に対してより親近感がわき、ICTツールでもお互いつながっているという実感も高まります。

「地区ごとでも責任者が管理システムを使えるので、地区だけの情報を流しながらコミュニケーションに活かしていただけます。音声メッセージで流したところ、それを聞いた人が、近所にも教えてあげたそうで、地域の情報を共有するのにも、すごく効果的だと感じました」

 市社協として「L1mシステム」と日々向き合う畑さんは、「市から各地区まで、一度に情報の周知ができるのと、地区の方ともシステムでつながれることで、作業はあっても効率は上がっている」と言います。

手厚く連携を広げ体制を強化
声をあげられない人の命綱に

 1人の心配な人をチームで支えるための連携体制を「くろべネット」で取っているものの、「支援者の数はだんだん減ってきている」と浜松さん。一方、見守りが必要になる人は増え続けているため、人手不足の解消にも役立つ「L1m-net」の活用をもっと広げていきたいと、今後の展開について話します。

「『L1m-net』は見守り状況の記録が取れるので、能動的な見守りでこれだけ安否確認ができるし、孤立や孤独死を防ぐ意味でも、こういう方法があるということがわかりやすく示せます。生活協同組合と連携して買い物支援にも注力しているところなので、今後、例えば生協の配達員も見守りチームの一員として『L1m-net』とコラボするなど、充実を図りながら手厚くやっていけたらと思っています」

 地域福祉課に連日寄せられる相談案件は、高齢者の支援だけに限らず、シングル家庭や家庭内トラブル、精神不安を抱える人たちもいます。「何かあったら必ず相談して、と言って電話をくれる人はまだいいんですが、声をあげられない人の助けに『L1m-netボタン』がなれたら」と浜松さん。

「相談を受け止められるようしっかり体制を整えながら、『L1mボタン』で、相談の入口をどんどん簡単にしていきたい」という思いで職務に当たる黒部社協職員の皆さん。2022年6月からの本格導入を皮切りに、地域全体が同じ方向を向いて支え合う体制を強化できるよう尽力しています。

 

 

 

 

 

【取材先】

社会福祉法人 黒部市社会福祉協議会
地域福祉課
 浜松 一美(はままつ かずみ)さん
 佐渡 光(さど ひかる)さん
 畑 美里(はた みさと)さん

社会福祉協議会は、市区町村、都道府県、指定都市、全国を結ぶ公共性と自主性を有する民間組織。地域における住民組織と公私の社会福祉事業関係者等で構成され、地域の福祉課題の解決に取り組んでいる。黒部市社会協議会は、2018年に見守り事業の一つとして「くろべネット」を整備、福祉分野のICT化の先駆けとしても注目されている。「L1m-netボタン」開発に協力、「L1m-net」見守りシステムの実証実験を共同で行った。

黒部市社会福祉協議会
https://www.kurobesw.com

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