L1m-netの活用で、日頃から被災者が孤立しない体制整備

槻木正剛さん・仮設住宅風景

インタビュー記事
社会福祉法人球磨村社会福祉協議会
球磨村地域支え合いセンター

2022年2月2日

豪雨被害地域の見守り体制整備に有効

令和2年7月、九州南部に降り続けた集中豪雨は、各地に甚大な被害を残しました。熊本県南部に位置する、球磨村もそのひとつです。村を横断する「球磨川」の増水、氾濫によって、道路、水、電気といったあらゆる生活インフラがストップ。店や病院も被災しました。球磨村では、仮設団地やみなし仮設住宅に居住する人たちの見守り支援を、社会福祉法人 球磨村社会福祉協議会(以下、球磨村社協)が運営する、「球磨村地域支え合いセンター」(以下、支え合いセンター)が担っています。支え合いセンターで主任生活支援相談員を務める槻木 正剛さんは、支援者のマンパワー不足や、コロナ禍における限られた支援で、住民と深く関わることができないことに課題を感じていました。その時に知ったのが、「L1m-net(エルワンネット)」。導入後、L1m-netを利用する被災者から毎日届く“元気だよ”の通知。日々の支援活動において、毎日訪問することなく、被災者の状況をキャッチできることは有効であると、槻木さんは話します。

コロナ禍の被災地。人手不足や十分に取れない訪問時間が課題

日本三大急流の一つ、球磨川を中心に、急峻な谷を形成している球磨村。令和2年7月4日未明、降り続く豪雨によって球磨川支流の谷は濁流となり、本流の球磨川も増水、氾濫し、一夜にして幹線道路やJRの線路、集落をつなぐ橋も家屋などの建物も、濁流に押し流されました。「球磨村は山と谷に囲まれているので、道路、橋、JRが寸断されると、身動きが取れません。豪雨の被害でほとんどの集落が孤立し、上空から自衛隊のヘリで状況を把握してもらい、救助された方がほとんどでした」と、槻木さんは当時を振り返ります。

令和4年1月現在、村内に3カ所、近隣の錦町に1カ所の仮設団地があるほか、みなし仮設住宅は八代市や芦北町など、遠方の市町へも広がっています。また、災害の影響で水道が停まっていても被災した自宅へ戻っている在宅の方がいるなど、支援対象者の居住エリアは広範囲です。「私たち球磨村社協の職員も多くが被災しているなか、被災者に対する支援者の人手不足を感じていました。また、コロナ禍という現状、感染拡大防止の観点から、被災者のお宅へ行っても玄関先で話を聞く程度にすることを職員へ指示していました。高齢者の方や障害をお持ちの方のお話をじっくり聞けないことも課題でした」。

当時の状況やL1m-netの活用事例、今後の展望を話される槻木さん

再建後の生活を見据えて、日常からICT機器に触れてほしい

槻木さんが課題に直面していた頃、発災直後から球磨村へ支援に入っていた被災地支援のNPOの方から紹介されたのが、L1m-netでした。“簡単な操作で被災者(利用者)側から、日々の状況を知らせてもらい、新たなつながりを創出する”というICT機器。「限られた人員でこれ以上被災者の訪問回数を増やすこともできず、非接触で被災者の方の状況を日々把握できるのは、コロナ禍での課題も解決してくれるかもしれない」と、槻木さんはすぐに球磨村役場と協議を行いました。

「役場とは、以前から他自治体のICTの取り組みを一緒に視察に行くなどしていて、“役場としても、各世帯と行政とがつながるシステムがあればいいね”という話はしていました」。球磨村では現在、高齢者がいる世帯には緊急通報システムを導入しています。しかしそれは、何かが起きた“もしもの時”にボタンを押して通報するもの。「L1m-netは、“平時”から利用者の方が操作し、状況を伝えてもらえることが大きな違いです。今後、ICTの活用が必須となってくるなか、少しずつ住民の方にICTに慣れていってもらいたいという思いもありました」と、槻木さん。

持続可能な見守り体制の構築へ

役場でも前向きに検討が進み、令和3年1月には日新システムズからの説明を聞いたり、職員が研修を受けたりと、導入への準備を進めていきました。球磨村ではL1m-netの機器を20台購入。リースという選択肢もあるなか購入に至ったのは、L1m-netを活用した長期的な見守り支援への思いがありました。「支え合いセンターは、被災者と呼ばれる方々が生活を再建されると無くなってしまいます。熊本地震の時の例を見ても、4〜5年くらいで役目を終えると思います。球磨村社協としては、その後の住み慣れた自分の地域で元気に過ごすために、高齢者を支える地域づくりの手段としてL1m-netを活用し、地域福祉事業につなげることができればと思っています。生活支援コーディネーターでもある槻木さんは、再建後の球磨村も見据えて、L1m-netを導入しました。

簡単な操作で、被災者の日々の状況を相互に確認でき、状態の把握が可能

導入にあたっては、高齢者世帯や障害を持たれた方がいらっしゃる世帯の方へ、槻木さんが直接説明に伺いました。令和4年1月時点で、仮設団地13世帯、在宅5世帯、合計18世帯でL1m-netを活用しています。「ICT機器という新しいことに抵抗がある方もいるので、“使ってみて!”くらいの感じでお願いしました。 説明が多すぎると、困られると思い。“コンセント入れて、カードをおいて、ボタン押すだけ!”、“もしもの時じゃなくて、普段から皆さんとつながっておきたいからお願い!”という感じで」と、微笑む槻木さん。

現在、仮設団地の世帯へは、音声メッセージとしてグランドゴルフやサロン、ラジオ体操などのイベント情報を発信しています。在宅の方へも、年末年始の挨拶、熱中症の注意喚起など日常生活で気に留めてもらいたい情報などを案内しています。このような音声メッセージは、支え合いセンター事務所のパソコンを使い、L1mシステム(管理画面)ら文字入力するだけ。配信日時の予約設定もできるので、業務の合間に行うことができます。

また、利用者の方がボタンを押すと、誰がどのカードを使ったのか、支え合いセンターのパソコンと、槻木さんのスマートフォンに届くように設定。詳しい情報は、L1mシステムからも確認できます。さらに、利用者から3日間 L1m-netの操作がない場合には、そのことを知らせる通知も届きます。「球磨村社協では、普段から職員間の業務連絡を、LINE WORKSという、クラウド型のビジネスチャットツールを使ってやりとりしています。L1m-netの通知もLINE WORKSでも受信できるように設定しました。利用者からの“元気だよ”の通知は私だけに、“相談”の通知は、私と他2名の職員に届くようにしたことで、利用者さんからのアクションを見落とさないようにしています」と槻木さん。業務的な負担は導入前より増えることはなく、活用はスムーズに進んでいるという。

“いつもつながっている”という感覚が、利用者の安心感を生み出す

L1m-netの利用者からは、好意的な意見が多いといいます。令和4年1月に実施した利用者アンケートからも、導入にあたって8割の方が「抵抗はなかった」と回答し、利用者すべてが「使い方は簡単だった」と答えています。良かった点として多く挙げられていたのが、「支え合いセンターとつながっているという安心感」。ボタンを押すことで、健康状況を知らせることでき、音声メッセージの配信で普段の生活にもメリハリが出たなど、双方向でのつながりが生まれています。

「実はまだ、“相談”カードは一回も使用されてないんです。まだシステムに慣れていないということもあるかもしれませんが、“相談”カードを使う前には電話をかけてきてくれるんです。それだけ距離が近いということもありますが、アンケートを見ていると、平時からL1m-netを使っていることで、相談が気軽にできるようになったのかなと思います」と、槻木さん。

ご家族の方、特に離れて暮らす子世代からも、“L1m-net システムの導入したことで安心した”と、反応は良いそう。 “仮設を出ることになっても使用したい”という回答もあった一方で、“ただ押すだけなので、やりとり(会話)がなく寂しい”、“反応がほしい”という意見もありました。「L1m-netは、より気にかけている世帯に導入していることもあるので、訪問支援自体の頻度は変えずに、顔を合わせるようにしています。やっぱり直接話がしたい、というお声も聞きますが、L1m-netで普段から見守ってもらえている意識も持たれているようです」。

利用者も支援者も、ICT機器に慣れることで深まる信頼関係

支援対象者の方へL1m-net導入の説明をする際には、とにかく簡単に操作できることを強調して伝えているという槻木さん。「もともと高齢者の方は、“携帯電話を持っていない”、または“持っていても家族や固定の人にしか連絡しない”、という背景があると考えていました。そのため、日頃から使ってもらえるICT機器としてL1m-netを導入したのですが、先ほど言ったように、相談があれば直接私に電話をしてきてくれるケースも出てきています。L1m-netを利用していることで、機器に対する抵抗感がなくなってきているのかな、とも感じています」と、槻木さんはL1m-net導入後の変化を感じています。

音声メッセージを入力後の確認をする平川さん。

支え合いセンターでは、音声メッセージの設定は槻木さん以外の職員が担当しています。これまで、仮設団地内である朝のラジオ体操の呼びかけや、ゴミ出しの案内、地域での交流会の情報、熱中症対策や火の始末といった季節における注意喚起などを行ってきました。「L1mシステムの管理画面に配信したいメッセージを入力すると、音声として読み上げます。実際に配信をする前に、どのように聴こえるのか、事前に確認しているので安心です」と、支え合いセンター生活支援相談員の平川奈々さん。「利用者アンケートの結果から、音声メッセージを楽しみにされていたり、何かあればどんどん流してほしいというご意見もいただきましたので、今後の音声メッセージ配信時に反映していけるよう、検討していきたいです」と、槻木さんは様々な発信内容を考えています。

「社協は地域とつながっておかないといけない組織。もっと住民と社協がつながれるように動いていきたい」と、熱い思いを教えてくれました。

再建後の球磨村においても、L1m-netの活用は継続していきたい

今回、球磨村社協のL1m-netの導入には、豪雨災害による被災地という背景がありました。「球磨村は高齢者が多いので、今回は特に導入対象者が高齢者メインになりました。しかし、被災地というのは地震でも水害でもどんな災害でも、ほとんどの方がかなりの精神的なストレスを負っています。被災後に、特に人と会うことを拒む人もいます。そういった時に、L1m-netのボタンを押して、“生きています”という発信をしてくれたら、こちらとしては無理に会うことをしなくてもいいですよね。いつかは会わないといけないんですけど、被災地においては、そういう使い方もあるのかなと思います」と、槻木さん。

実際に球磨村においても、被災後に居住する仮設団地で、周囲に知り合いもおらず引きこもりの状態になってしまった方がいるといいます。「引きこもりの状態にある方で、L1m-netを利用してくださっている方がいます。“毎日するのはめんどくさい”と言われることもありますが、毎日必ずボタンを押して“元気だよ”と知らせてくれます。被災地域においては、どうしても高齢者の方々の支援に目が向かいがちですが、男性の独り暮らしとか、母子世帯とか、そういったところも支援の対象に入れてもらえれば良いのかなと思います」。

また、利用者が再建後、自宅に戻った後にも継続して使ってもらえるように、様々な整備が必要になると槻木さんは続けます。「今L1m-netを利用していただいている方には、コンセントは使うので電気代だけは負担いただいていますが、被災者の費用負担はありません。今後、球磨村社協の地域支援というところで継続して使ってもらえるようにしていけないかと、村役場とも協議していく予定です」。さらに、他自治体でも実証されている“買い物”カードによる移動販売の案内や、“タクシー”カードによるタクシーやコミュニティバスの手配など、再建後の住民の方の移動手段や、生活支援にもつながるカードの活用も前向きに検討しています。

さらに、コロナ禍において、高齢者が外に出る機会や人と会って話す機会が減っていることにも危機感を感じています。「“コロナが終わったから、明日からサロンに来て”と言っても、すぐには人が集まらないと思います。人との交流がなく話すこともなかったから認知症になったとか、出歩かなくて足腰が弱くなり介護が必要になったといったケースが、今後すごく増えると思います。介護予防という観点でも、高齢者層の中でも若い世代の方々に向けて、こんなイベントがありますよ、といった情報をL1m-netを通して発信していけたらと思っています。高齢者対象にはなりますが、例えばどこかモデル地域に設定してL1m-netを渡して、常に情報を発信する。そうすると腰を上げてきてくれるのかなとも思います。やっぱり元気でいないと楽しくないし、生きがいづくりのためにも、L1m-netが活用できたらと思っています」と、槻木さんは再建後の住民の生活を視野に入れた取り組みを模索しています。

【インタビューにご協力を頂いた方】
社会福祉法人球磨村社会福祉協議会
球磨村地域支え合いセンター
槻木 正剛(つきぎ せいご)さん
 支え合いセンターで主任生活支援相談員をつとめる
松野 真貴子(まつの まきこ)さん
 支え合いセンターで主任生活支援相談員をつとめる
平川 奈々(ひらかわ なな)さん
 支え合いセンターで生活支援相談員をつとめる
※掲載している内容、所属やお役職は取材を実施した2022年2月当時のものです。
社会福祉法人球磨村社会福祉協議会(公式ホームページ) (kumamura-shakyo.or.jp)

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